ようこそカトリック廿日市教会へ |
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1868(慶応4)年と1870(明治2)年、浦上四番崩れと呼ばれる大弾圧で津和野藩へ配流された153名の信徒は、長崎から船で運ばれこの廿日市に上陸しました。その船着場や、津和野藩船屋敷(碑)は教会から遠くない桜尾本町(別紙参照)にあります。ぜひおたずねください。 乙女峠への津和野街道90キロ・・・彼らは弾圧の長い流浪のときを「旅」と呼びました。「旅」の途中の廿日市の街は彼らの目にどううつったのでしょう。5月には巡礼団が同じ道を歩いて津和野に向かいます。 |
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カトリック廿日市教会の沿革 |
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1940年頃
1951年
6月3日
1964年
1965年
4月
12月
1967年
1982年
1989年
1990年
2001年
2006年
2011年
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佐伯郡廿日市町地御前、村上氏宅で時折ミサが行われる メキシコ1婦人の寄付により廿日市市可愛6番の旧道沿いの土地家屋購入 イエスのみ心の祭日に献堂式 信徒数30名あまり 幟町小教区から独立 西ドイツ信者の寄付により可愛11- 8に土地購入 司牧がイエズス会から広島教区に移管 聖堂(可愛6番)焼失 西ドイツ信者の寄付により可愛11- 8に司祭館、幼稚園、住居完成 西ドイツ信者の寄付、当教会積立により2階に聖堂落成 津和野巡礼始まる 新聖堂(可愛11- 8)献堂 福祉バザー始まる 創立50周年 記念誌「あんだんて」発行 駐車場用地取得、完成 部会の発足(従来のヨゼフ会・マリア会等を廃止し、新たに5部会を設け従来の仕事を分担) |
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